ソ連の主力戦闘機3機種の構造の違い


更新履歴 (内容に変化ないものは除く)

[2018/03/31] 情報を追加。

第二次大戦におけるソ連の戦闘機と言えば「木製」などのワードが浮かぶと思いますが、どれも同じような作りだと思っていませんか?ええ、私もそうでした。

 

では、実際のところどうなのか。緒戦で活躍した主力戦闘機3機種――LaGG-3・Yak-1・MiG-3それぞれの設計・構造を見てみようという記事です。

 

構造話とは言っても深い所には踏み込まない内容となっておりますので……その辺りを既に知っていたり、期待されている方はブラウザバックされた方がよろしいかと思われます。

というか知ってたら教えてください。

(この記事は旧館の同名記事を一部修正・追加したものです)


◆ラヴォチキン LaGG-3の場合

最初に、ラヴォチキン、ゴルブノフ、グドコフの3名によるLaGG-3。

これこそが「純然たるソ連の木製戦闘機」である。いわゆる全木製と呼ばれるものだ。これは「『デルタ材』を始めとする近年の木製技術を用いれば、木金混合や全金属の機体にも引けを取らないもの生み出せるだろう」という考えによって設計・開発が行われた。

 

デルタ材とは、1935年にプロペラやスキーの生産を行っていた工場の技師であるL・I・リャジュコフが開発した強化木材のこと。0.5mm厚のベニヤの薄板にフェノール系樹脂を浸透させ、それに高い圧力を掛けながら150度ほどの高温で処理を行う事によって作られる。

デルタ材は高い強度と耐火性を有し、薄板を重ね合わせることで自由に厚さを増す事ができたし、熱を加えることで成形も出来た。『世界の傑作機 ラヴォチキン戦闘機』によれば、引っ張り強度は27kg/㎟と松の11kg/㎟より強く、アルミ合金 (D-16) の43kg/㎟の半分以上の強度を有しているという。

しかしその比重は普通の木材の倍近くのものとなり、直接的に重量軽減に効果があるというものではなかった。とはいえ、木材からこれだけの強度を得られるというのは大きな助けとなった事だろう。

 

LaGG-3と言えば、機体解説に「デルタ材で作られた」と書かれる事が多いが、機体構造が全てこれで構成されていたという訳では無かった。これを用いたのは、主翼の桁や胴体のフレームなどの”大きな荷重を支える部位”に限られている。当然デルタ材の使用はLaGG-3だけの特徴でもなくYakシリーズやMiGシリーズなどの同世代の機体の木製部位にも一部用いられていた。

[LaGG-3の胴体構造図]
[LaGG-3の胴体構造図]

これがLaGG-3の胴体構造。木製セミモノコック構造で、15のフレーム(図中1~15番のパーツ)、4本のロンジロン(強力縦通材、16・17番のパーツ)、複数本のストリンガー(ロンジロンより細いもの)などで構成されている。

デルタ材がどこに使われていたという情報は交錯しており、はっきりした事は分からないが、フレームの補強などの目的でこの図中の各部要所に用いられていたのは確かである。

これらの構造を覆う外板は、0.5mm厚のベニヤの帯板を、方向を変えながら幾層にも貼り合わせたものである。マニュアルなどでは、この積層外板は「シュポン」と呼称されているらしい。

貼り合わせたとは言っても、実際には巻き付けるような形である。全金属機のセミモノコック構造と同様に、外板によって構造にかかる負荷を分散させている。図の様な細い構造だけで支える訳ではないのだ。

 

主翼も接合部の金具などのごく一部と、フラップ及びエルロン以外は全て木製となっている。翼は主にスプルース材 (spruce) や樺材 (birch) で構成されており、それを合板で覆っていた。

 

二本の箱型翼桁は、幾多の木材とデルタ材を重ね合わせ接着したもので構成されている。

なお翼桁は1943年頃のLaシリーズで一度完全な木製桁となり、その後また金属製桁に置き換えられている。これは戦前にドイツから輸入した接着剤の消耗、そしてレンドリースにより金属資源への不安が幾分か解消された事による変更であった。

[LaGG-3の外翼構造図、左上は桁の構造を表す]
[LaGG-3の外翼構造図、左上は桁の構造を表す]

LaGG-3の主翼は中央翼と外翼で構成されている。胴体と一体になった中央翼の両端に外翼が結合する形で、これはI-16と共通のスタイルとなっている。この外翼も全木製構造である。

主脚は中央部に備えられているので、外翼を外した状態でも自立が可能であった。これにより輸送時の手間が省けるほか (外翼を外すだけで貨物車両に搭載可能)、外翼が損傷した際の修理も容易となった。

[LaGG-3の側面を写したもの。機首周りを除き木製であり、その表面は滑らかに仕上がっている]
[LaGG-3の側面を写したもの。機首周りを除き木製であり、その表面は滑らかに仕上がっている]

木製による利点の一つとして、金属よりも表面を平滑に出来る事が挙げられる。抵抗が減ればその分速度性能等が向上するので、これで全木製によるある程度の重量増加は補えるであろうとしていたのだ。

他の機体でも木製部を増やして表面を平滑とする設計が見られ、これが速度向上に一役買っていることが分かる。

 

この様に、LaGG-3の主な部位――胴体及び翼構造は、ほぼ全てデルタ材を含む各種木材で構成されていた。これによりLaGG-3は高い難燃性と高い強度を有していたのである。

金属製であるのは、機首に備えられた武装、エンジン及びそのマウント、エンジンを覆うアルミ合金製のカウル、降着装置、ジュラルミン構造羽布張りの三舵(エルロン・エレベーター・ラダー)、フラップ、そしてコクピット周辺の各種機器などに限られていた。

 

いくつかの欠点を有し、輝かしいといえるほどの活躍は残せていないLaGG-3だが、全木製というハンデを負いながらも41年から45年8月までを戦い抜いた事は称賛に値する物と思う。貴重な金属の使用が他より少ないというのも、大きな貢献ポイントとなったのではないだろうか。

 

LaGG-3については以上である。


◆ヤコヴレフ Yak-1の場合

続いて、ヤコヴレフが開発したYak-1について。

このYak-1――この後に出たモデルも同様だが、これらの基本は「鋼管構造」によるものであった。これはその字の通り、鋼の管を組み合わせて作られたもので、30年代まで各国でよく使われていた構造手法だ。40年代に入る頃には強度と軽量さを両立した全金属製セミモノコック構造による機体が台頭してくるが、鋼管骨組みの構造を採用した機体は戦中も現役であった。

ヤコヴレフは他より先に個人の設計局を持っており、これはスポーツ機を原点として、40年代に至るまでにいくつもの練習機などを設計していたが、これらの多くは鋼管や羽布を用いたものだった。つまりヤコヴレフにとってYak-1の構造設計とは、よく慣れ親しんだ、そして保守的な設計手法であったのである。ヤコヴレフが戦闘機の他に設計していた、Yak-2/4爆撃機などもこの鋼管構造を用いていた事からもそれが伺える。

[Yak戦闘機の鋼管フレーム。座席固定用のフレームなどが確認出来る]
[Yak戦闘機の鋼管フレーム。座席固定用のフレームなどが確認出来る]

これがYak-1の鋼管フレームである。Yakシリーズの鋼管構造はあまり大きな変化はない。上記の通り、管を縦に横に溶接して構成されているのが分かる。

 

鋼管による構造を持つならば金属製の機体ではないかと思われるかもしれないが、このほかの部位はそれ以外の素材によって構成されている木金混合の機体である。

[Yak-7Bの胴体を再現したもの (Photo from: https://wizarden.livejournal.com/115539.html)]
[Yak-7Bの胴体を再現したもの (Photo from: https://wizarden.livejournal.com/115539.html)]

上の写真は、ノボシビルスク航空機工場の博物館的施設に展示されているものの一つで、Yak-7Bの胴体構造が再現されている貴重なものだ。中央のパイプのような構造物が先ほどから何度も書き記している鋼管構造である。これが主に機体にかかる負荷を受け止めている部位となる。

 

これを覆っているのが、機体の外部を整形する木製の骨格である。鋼管だけでは機体の形とすることが出来ないので、こうして整えるのである。Yakシリーズでは鋼管構造の上部と下部に木製骨格を結合し、両脇も簡単なフレームと木材を通しているようである。最後にこれらの骨格を合板や羽布を覆う事で、空力的に完全に整った状態となる。

Yak-1, Yak-7, Yak-9の胴体側面に線が見えるのは、この横に並んでいる木材の間のへこみによるものだ。Yak-3ではこれがみられないが、それはこの機体では胴体側面を羽布張りから合板張りに置き換えているためである。

[左右一体で作られるYak-1の主翼構造図、2本の桁が端から端に通っている]
[左右一体で作られるYak-1の主翼構造図、2本の桁が端から端に通っている]

また、Yak-1の主翼は全木製であった。 桁などの翼構造は主に松材と樺材で構成されていた。

Yak-1の翼桁は2本で、LaGG-3や後述のMiG-3と異なり翼は左右一体で成型されていた。これは余計な接合部の金具を省略する為であったが、このスタイルとした事によって、輸送時は翼を外す必要があった。(LaGGとMiGは外翼を外すだけでよく、外した状態でも自立する。輸送時に手間がかからない)

 

この左右一体の翼はYak-1の他、Yak-7やYak-9も同様の形態であったが、Yak-3では左右分割式に改めている。

引き上げられたYak-1を撮影したもの。(Photo from [https://www.uschivdr.com/shopping-categories/shop-bsmart-bundles/yak-3-reference/])
引き上げられたYak-1を撮影したもの。(Photo from [https://www.uschivdr.com/shopping-categories/shop-bsmart-bundles/yak-3-reference/])

上の写真はサルベージされたYak-1である。この画像で注目したいのは、翼前縁の塗装類が剥がれた部分である。

Yak-1も LaGG-3と同様に翼は合板張りとなっている(※翼下の燃料タンクの覆いだけはジュラルミン製)。LaGG-3の項でも述べているが、ソ連機の木製外板はこのように薄板を左右方向を変えつつ重ね貼り合わせて覆っている。これは文献や図では確認できるが、実際に張り合わさっているところを確認できる写真などはほとんど見られないので、非常に貴重である。

これらの合板で覆った上に羽布を張り、さらにその上からパテで平滑にし、その後に塗料を塗っていた。これにより金属による鋲を用いた手法よりも、表面を滑らかに成型することで空気抵抗を抑える事となった。

 

Yak-1の各素材を用いている箇所をまとめると、以下の通りとなる。

  • 金属部:胴体構造、機首からコクピット脇までの外板 など
  • 木製部:主翼構造、主翼外板、胴体後部上下の構造及び外板 など
  • 羽布張り部:胴体後部側面、三舵の覆い

木・金属・羽布が各部に織り交ぜられて作られているのが分かる。

 

後のシリーズでは、桁や一部リブを金属製に、胴体側面の羽布部を合板張りに置き換えるなどしている。

また、戦後のモデルは鋼管構造はそのままに、外板等の木製部を金属に置き換えて生産された。これは性能向上の為というよりは、耐用年数が短い木製部を取り除き、より長く機体を持たせる目的の為である。

 

Yakシリーズは一部構造を置き換えたりなどしながら、大戦を最後まで戦い抜いた。戦後も鋼管構造のまま全金属製としたモデルが使用され、同設計局のジェット機も鋼管構造を引き継いでいた。

 

Yak-1については以上。


◆ミコヤン・グレヴィッチ MiG-3の場合

今回の記事はあえてLaGG-3→Yak-1→MiG-3という流れとしている。理由は、この機体が両機体の機体構造の特徴を共に備えていたからだ。

MiG-3の構造は少しばかりユニークなもので、コクピット後端までの前部はYak-1の様な鋼管構造をジュラルミンで覆った金属製で、後部はLaGG-3の様な木製セミモノコック構造に合板張りとなっていた。また主翼も同様に、中央部は金属製で、取り外し可能な外翼は木製構造であった。

Yak-1が木と金属を織り混ぜた”ミックス”ならば、MiG-3は”ハーフ”と言えるような木・金部がはっきりと分かれている形態を採っていた。

[損傷したMiG-3、木製部と金属部で質感が異なる]
[損傷したMiG-3、木製部と金属部で質感が異なる]

胴体前部は先述の通り金属製である。鋼管の骨組を機体構造の核とし、これの前方にはエンジンマウント、後方には木製モノコックの胴体、下部には全金属製の中央翼部が結合される。

機首からコクピット部を覆う外板も金属で、排気管後部は耐熱性の高いスチール板が配されている。(なおLaGG-3の初期型―集合排気管を持つタイプも同様に耐熱性の高いパネルが配されていた)

 

前部胴体に結合される中央翼は、アルミ合金による金属製である。外翼はLaGG-3と同じく全木製で、中央翼の両端に結合される。また外翼を外しても自立が可能となっている。 

中央翼の主桁にはアルミ合金板や鋼板、補助桁はアルミ合金を用いていた。

 

中央翼に結合される木製外翼は構造の一部にデルタ材を用いていた。外翼の外板は2.5~4mmほどの厚さの合板張りとなっており、この上に布を被せ塗料を塗っていた。

 

胴体後部は木製によるセミモノコック構造である。これは8枚のフレームと、4本のロンジロン(強力縦通材)、複数本のストリンガーで構成されていた。この部位はLaGG-3と同様、Yak-1よりも曲面に富んだ形状となっている。

[胴体後部の木製骨格、垂直尾翼も一体で作られている]
[胴体後部の木製骨格、垂直尾翼も一体で作られている]

胴体後部を覆うのは0.5mm厚の帯板で、これを方向を変えつつ複数枚貼り合わせたものだ。恐らく同じ構造を持つ機体――I-16やLaGG-3らとほぼ同じ製法だろう。大きな負荷がかかる箇所は厚く、そうでもない箇所は薄くしている。

この木製構造体の内側には、腐食対策としてドープ塗料を染み込ませた布を張っていたという。

 

MiG-3は全木製であるLaGG-3は勿論だが、Yak-1と比べても金属部が多いように見える (割合や各部重量から見た訳ではないので、実際そうかは分からない)。これもあってかは分からないが、原型機のI-200 (後のMiG-1) は彼らより軽量に仕上がっている。

いかに金属を節約するかと言う時期なので少しばかり贅沢な様にも感じるが、「Yak-1よりは先進的だが、LaGG-3より堅実なところを狙い、高い性能を発揮するものを目指した結果」なのだろうか?[独自研究]

 

なお後にMiG-3の後継として開発されたI-220I-230 (MiG-3U) は、エンジン取り付け部より後ろを木製モノコック構造とし、木製部の割合を増やした設計となっていた。


40年代の始めに開発された、ソ連の新型戦闘機三機種の構造についての話は以上である。他の航空先進国の開発する新型機が全金属製のセミモノコック構造が殆どを占める中、木製構造や鋼管構造など三者……もとい『三機三様』な作りとしたのは興味深い。

彼らが何故全木製もしくは木製部位を有する機体を望み、設計・量産を行ったか。これについては近いうち記事を書く予定なので、そちらで話をする事としよう。

 

……などと、旧館の方で書いておきながら、かなり時間が経ってしまいました。そろそろ書き始めますので、気長にお待ち頂ければなどと。


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【参考文献】

■世界の傑作機 No.138 WWII ヤコヴレフ戦闘機

■世界の傑作機 No.143 ラヴォチキン戦闘機

■世界の傑作機 No.156 第二次大戦ミグ戦闘機

■Early MiG Fighters In Action

p. 10

■Yakovlev Fighters of World War Two

pp. 61-63

 

=電子書籍=

Lavochkin Fighters of the Second World War, Fonthill Media. Kindle 版

No.151-153, 492-494, 945-953