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ソ連が運用していた米英の航空機の中でも、この機体は特に知られていないものの一つだろう。
そのくせ、他の機体とは異なる経緯でソ連へと渡り、更には元あった国に返還されたという、レンドリース機としては異例な経歴も持っていた。
限られた運用であっため短くはあるが、今回はそんな色々とレアな機体についての話をしよう。
冒頭に書いた通り、OS2Uという機体がソ連へ渡った経緯は、他の米英供与機とは異なるものだった。当機は確かに「レンドリースに関連して渡ったもの」ではあるのだが、「レンドリースで供与された航空機の一覧には現れない」機体なのだそうだ。
レンドリース外でソ連軍に渡った機体であれば、以前記事にした偵察型のSpitfireやHampdenという例がある。しかし今回は、一応はレンドリースの枠組みの中で渡っているのだ。
ではその経緯とは何だったのかというと、「貸与された船の付属品として渡った」というものであった。
OS2Uは米ヴォート社が開発した艦載観測機であり、1940年の配備開始より、米海軍の水上戦闘艦へ広く搭載された機体だった。
そして、1944年にソ連へ貸与されたオマハ級軽巡洋艦の1隻、『ミルウォーキー (USS Milwaukee)』にも搭載されており、それが艦ごとソ連へと渡ったのである。
ちゃんとした経緯の話をしよう。1943年9月、イタリアが連合国に降伏したのを見るや、ソ連は接収され管理下にある艦艇の三分の一を分配するよう要求を出した。要求の内容の話はともかくとして、いまだ戦争の真っ最中である時に艦の分配をすることなど、到底出来るものではなかった。
米英両政府の協議の末、イタリア艦の代わりとして両国の艦艇を一時貸与することを提案。ソ連もそれを呑んだ。『ミルウォーキー』はそんな貸与艦の一つとして選ばれた存在だった。
『ミルウォーキー』は1923年に就役。筆者は艦船には全く詳しくないし、資料も持っていないため活躍等は省かせてもらうが、米国の参戦から1944年までの間、いくつもの任務に従事していた船であった。
1944年3月、本艦はソ連へ向かう『JW 58船団』の護衛に加わり、ムルマンスクへと向かった。到着したのち、4月20日にソ連海軍北方艦隊へと加わり、艦名も『ムルマンスク』へと改められた [註1]。艦と機体の渡った経緯はそんな感じである。
そういう訳で、今回の主役の話に入ろう。『ムルマンスク』には『ミルウォーキー』時代と同じく、2機のOS2U-3が搭載されていた [註2]。モデルとしては、OS2U-2から防弾面を強化 (一部だったセルフシーリングを全てに施し、防弾板をさらに追加) したものだそうだ。
塗装は、米海軍艦載機の標準である上面ブルーグレー (非光沢)、および下面ライトグレー (非光沢) のままであったが、胴体後部側面や翼下面には、ソ連の所属を示す国籍標識─"白フチ付きの赤い星"が描きこまれていた。なお、ソ連への供与機でしばしば見られる、米国時代の標識を塗り潰した跡は見られない。米国側の手で塗り換えられたのだろうか? もしくは艦に塗料があったので、綺麗に上塗りすることが出来たのかもしれない。
それぞれの機体の垂直尾翼には、1と2の数字が記されていた。塗装図ではしばしば赤色とされており、以下の写真においても国籍標識やフロート前部のラインと同じ色合いに見える。
気になる運用だが、母艦の『ムルマンスク』が終戦までの大半の期間アルハンゲリスクに係留されたままだったため、戦闘への参加などは無かったとみられているようだ。カタパルトを使用した訓練や、その他補助的任務は行っていたという話もあり、全く飛ぶことが無かったという訳でもないようである [註3]。
運用自体が上記の様なものであるため、評価の方についてもあまり残されていない。OS2Uでいくつかの飛行を行ったパイロットにI. A. Platonovという者がおり、彼は「かなり平凡な印象を受けたが、操縦上の重大な欠陥は有していない」とのコメントしているそうだ。
国産の艦載機─KOR-1/Be-2, KOR-2/Be-4などとの比較の話があれば、是非とも読んでみたいところなのだが、特に今回の調査ではそうした話は見つけられなかった。
赤い星を付けたOS2Uたちのその後の話もしよう。
1949年、イタリアの軽巡洋艦『エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ』が賠償艦としてソ連海軍に引き渡されたため、『ムルマンスク (ミルウォーキー)』は米国に返還されることとなった。この際、艦載機であるOS2Uも共に返されたとのことである。 ソ連へ渡ったレンドリース機、その他供与機の殆どはソ連で役目を終えている。そのため、元の国に返還された当機は極めて異例なことと言える。
米国へ返されたOS2Uがどう扱われたかは不明だが、米海軍では既に艦載機の置き換えが進んでいたので、艦共々処分されたのではないだろうか[独自研究]。
機体については以上。2点ほど気になるものがあったので、以下に記述して終わろう。
[註1]:到着が4月10日で、ソ連海軍への移管が4月20日?
[註2]:3機と書いているものもあったが、予備機などがあったのだろうか?艦載機は2機としか見つからなかったので2機が正しいと思うのだが……。
[註3]:他の貸与艦もそうだが、この辺りの運用は不鮮明である。Web上の記事では船団護衛に就いたと言う話もあったが、参考とした書籍ではずっと係留されていたとあったので、今回はそのように記述した。
【日付の謎】
今回『ミルウォーキー/ムルマンスク』と『ソ連のOS2U』を調査したわけだが、どうにも不思議なことに、船側の情報と機体側の情報で日付が大きく異なっていた。
『ミルウォーキー』についての説明をしているものは、ソ連への引き渡しを"1944年4月20日"としていたが、『ソ連のOS2U』について説明した全ての資料で、その日を"1944年8月24日"としていた。
また船がソ連から米国へ返還された年も、『ミルウォーキー/ムルマンスク』側では"1949年"、一方『ソ連のOS2U』側では"1947年"としていた。
この船側と機体側の食い違いには、特に特定の言語に限らないというのが何とも不思議であった。
今回記事を更新するにあたり参考にした、『Naval History and Heritage Command』(リンク) に掲載されている情報が最も信頼できると判断したため、こちらを基準として船側の情報を採用して記事の更新を行った。
【渡ったのは20機? 2機?】
2022年の更新に際し改めて調べ直していたところ、Web上ではたびたび「20機のOS2Uがソ連に送られた」なる情報が見られた。
ただし、このような「20機」説が書かれているページでは、それらが「いつ」「どこで運用された」のかが書かれていることは一つとしてなかった。正直なところ、これだけでは怪しい情報なのではないかと感じる。
今回の更新 (2022/07/17) にあたり使用した『Lend-Lease and Soviet Aviation in the Second World War』には、そうした情報はなかった。また、露語圏のソ連のOS2Uに関する記述があるページでも「20機」説はあったが、同様に時期や運用の話は確認出来なかった。
英版のWikipediaなどを見ると、ソ連空の航空機一覧のページでは20機とあったが、OS2Uのページを見るとミルウォーキーの2機のみとなっていたり、矛盾が発生していた。
Vought OS2U Kingfisher (20 supplied through lend-lease from US)
List of aircraft of the Red Army Air Forces - Wikipedia (2022/07/17アクセス)
Soviet Naval Aviation
2 aircraft on the ship USS Milwaukee (Murmansk)
Vought OS2U Kingfisher - Wikipedia (2022/07/17アクセス)
なお上記引用では「米国から~」とあるが、ものによっては「英国から~」としているものもあった。確かに米国から英国に渡った機体があるので、あってもおかしくはないとは思うが……。
基本的には「ミルウォーキー搭載の2機」の話が殆どであったし、先述の書籍にもそうした記載が無かったため、今回の記事では2機説を採った。もし信頼できる「20機」説 (時期と運用含む) を知っているという方は、コメントでもTwitterのリプライでもお気軽にご連絡下さい。
2022年に「そろそろレンドリース本を使って更新したいなぁ」と思って、いざやってみたら全文書き直す羽目になりました。実質リメイクです、疲れました。こんな筈では……。
元々この記事はfc2ブログ (旧館) に書いたもので、Web上の情報と露語情報を元にした曖昧な訳に頼って生まれたものでした。学生自体の拙い作業 (今が拙くないとは言っていない) の成果物なので、仕方ないと言えば仕方ないですが……まぁ最新フォーマット化と情報のアップデート、信頼性の向上などに繋がったので、よしとしましょう。
今年の5月には、同じくfc2時代に書いた『ちょっとややこしいYakシリーズ』も更新しましたし、他の古い記事も同様にアップデートをかけていきたいですね……気力がもてば。
今回の更新にあたり、塗装回りの話を一旦削除しました。話の元になっていた写真の出どころが不明で、画像検索をしても見つからなかったためです。興味深い話もあり、また返還時の写真とも絡めて話をしたい気持ちはあったんですが……。
以下のフォーラム (露語) で話し合われてるので、気になれば読んでみてください。
◆ソ連に渡ったOS2Uの塗装について議論されているフォーラム (露):
http://scalemodels.ru/modules/forum/viewtopic_t_29124.html
そんな感じでソ連のOS2Uでした。
<参考>
=書籍=
■『Lend-Lease and Soviet Aviation in the Second World War』(2017):P.413
機体の塗装に関しては下記を併用
■『第2次大戦 エアクラフトリアルカラー』(2019)
イタリア艦要求周りは下記を頼った
■『幻のソ連戦艦建造計画』(2017)
=Web=
◆OS2U Kingfisher|Airwar.ru (露)
http://www.airwar.ru/enc/sww2/os2u.html
◆Воут-Сикорский OS2U «Кингфишер». «Зимородок» с американских линкоров (露:ヴォート-シコルスキー OS2U «Kingfisher» 米戦艦の「カワセミ」)
https://topwar.ru/96864-vout-sikorskiy-os2u-kingfisher-zimorodok-s-amerikanskih-linkorov.html
◆Воут OS2U (露)
http://www.airaces.ru/plane/vought-os2u-kingfisher.html
◆Легкий крейсер "Мурманск" (露:軽巡洋艦 ムルマンスク)
http://navsource.narod.ru/photos/02/075/index.html
◆Крейсер «Мурманск» (露:巡洋艦「ムルマンスク」) ・・・ウェブアーカイブより
https://web.archive.org/web/20120107084312/http://ussrfleet.1939-45.ru/kr_mur.php
◆Vought OS2U Kingfisher (1938)|Naval Encyclopedia (英)
https://naval-encyclopedia.com/naval-aviation/ww2/us/vought-os2u-kingfisher.php/ww2/soviet-navy
◆USS Milwaukee (CL-5)|Wikipedia (英) ・・・クロスチェック用
https://en.wikipedia.org/wiki/USS_Milwaukee_(CL-5)
pic01の出典:
◆File:USS Milwaukee (CL-5) before transfer to the Soviet Union, circa in April 1944.jpg
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:USS_Milwaukee_(CL-5)_before_transfer_to_the_Soviet_Union,_circa_in_April_1944.jpg
メモ:
◆塗装について議論されているフォーラム (露):
http://scalemodels.ru/modules/forum/viewtopic_t_29124.html
◆ソ連機塗装色 (リンク切れ):
http://s38.photobucket.com/user/Apex1701/media/80603862.jpg.html
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